
―篠原さんは、若くして建築を志し、土地開発や設計、大工、現場監督…と、建築にかかわる仕事を幅広く経験されてきました。定時制高校に通いながら、18歳で設計事務所に入ったことがキャリアのスタートだったそう。
「私は、工務店を営む家の末っ子として生まれました。社長であり棟梁である父の背中を見て育ったせいか、迷わず建築の道を志し、定時制高校の建築学科へ進学しました。得意だったのは数学です。当時は、構造計算をする人になりたいと思っていましたね。高校に通うかたわら、建築設計事務所に入社して、現場での仕事の経験を積みました」
「定時制高校の4年生の時に、当時勤めていた設計事務所の先生が建設会社に引き抜かれたため、自分も一緒に付いていき、その会社で設計士として学びながら働いていました。鉄筋コンクリート造のビルの現場監督もやっていましたね」
―18歳にして早くも設計士、現場監督を経験した篠原さん。その後大工として腕を磨きます。
「20歳の時に一度東京に出てきましたが、すぐに地元に呼び戻され、父の元で大工として修業を重ねました。ところが、しばらくすると東京の会社から現場監督をやらないかという誘いがありまして。高度成長期で建築業界は伸び盛りの時代です。父の勧めもあり、22歳の時、再び東京に戻りました」
―時は昭和46年。ここで、人生を大きく変える出来事が待ち受けていました。